アートまるかじり ~藤田嗣治~ 続編


こんにちは。

今回のアートまるかじりは藤田嗣治のことを書きます。

前編、後編と書きましたが、そこでは書かなかったことに触れてみたいと思います。



【藤田の筆】

藤田の、乳白色の裸婦は下地にシッカロールを使われました。

そしてさらに乳白色に命を吹き込んだのが面相筆で描かれた墨の線であります。

面相筆とは日本画の細い線を描く細い筆のことで、藤田はその筆と墨で裸婦の輪郭を描いたのであります。

洋画家の藤田でありますが、面相筆を使ったのは日本の浮世絵などからの影響であると思われます。



【写真家である藤田】

藤田は画家でありましたが、生涯にわたって写真撮影に取り組みました。若きパリ時代もすでに写真機を持っていたようですし、

持ち運び可能なタイプの写真機もいち早く購入しました。1930年代、中南米への旅でも、スナップショット的に、

旅の風景写真を残しました。その写真の中にはモノクロ写真もありましたがカラー写真も残しています。

そしてカラー写真は「アサヒカメラ」に掲載され、写真家藤田の活動記録として残されています。



【藤田のアトリエ】

1950年、藤田はフランスに入国します。そしてしばらくするとパリの暮らしにも馴染んで藤田はパリの風景やパリの人物を描くのでした。

藤田のパリでの生活は10年ほど続きました。

そして1961年に、郊外のヴィリエ=ル=バルクという村に引っ越すのです。そしてそこで

古い農家の建物を改造して、住居兼アトリエとして使うのでした。1968年にスイスの病院で亡くなるまで、パリを離れて、

この家で静かに暮らすことになったのです。藤田のアトリエは、この家の、屋根裏部屋のような最上階にありました。

いまでも、藤田が生きていたそのままのような状態で保存、展示されており、画材や壁に描かれた宗教画などが残っています。

このアトリエは、当時、家族でさえも入ることが禁じられたそうです。藤田一人だけの空間で、その絵は独自の技法で描かれました。

その絵画の技法的な秘密は、藤田以外にはわからず、謎に包まれたままになりました。



以上、藤田嗣治のことについて書きましたがいかがでしたでしょうか。

活動期間も長く日本のみならず世界に活動範囲を広げた藤田ですが謎が多いというのがさらに興味をそそられます。



ありがとうございました。